サドベリースクールの卒業生たちは今

サドベリーを出た人たちの今を記事にしたり、自分を生きるとはどういうことなのか、日々考えながら書いてます。

勉強ができた僕がサドベリーを選んだワケ。

 

 

 

 

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その子は小学校に通った6年間、教科学習として行う勉強が人よりもできました。予習も復習もせず、宿題もそれほどきちんとはやりませんでしたが、テストはいつも100点に近い結果でした。そろばんを習っていただけで勉強をする塾には通ったことがありません。百人一首に至っては、上の句を聞けば下の句は全て言えました。

 

スポーツ…運動神経は良い方で、特に球技は万能でした。陸上関係と水泳だけは苦手ですが特に問題のないレベルでした。

友達との関係も特に問題はなく、深くはないが基本的には誰とでも争うことなく話せました。

課題を出しても無難にこなし、日常生活に関することなど、先生の言うことは何でも聞ける子でした。

 

要するに、“大人を困らせることのない”子どもでした。 

 

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大人に言われたことに従わなくてはならない。勉強が課題ができなくてはいけない。

人と同じことができない子はおかしい。おかしいとこの先生きていけない。

みたいな錯覚を勝手に信じてやってただけで、当時の僕の捉え方考え方が地元の公立小学校に合っていなかったという話です。

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そんな感じで言われることは全てできても、とてつもなく不安でした。自分がやりたいことをほとんどしていなかったから、それが楽しくないなと感じていたからです。

そして大きくなると、中学高校大学就職というルートに多くの人が行っているということを知り、自分このままの感じでは、絶対に楽しくない、それはイヤだと思いました。

それでもどうすればいいのかわからない。学校へ行きたくないけど行かないことなんてできないだろうと思っていました。

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自分の勝手な思い込みでやらされていると勘違いしイライラを撒き散らしていた時期もありました。

今振り返って考えてみると、人間の本能的な、他人に言われることよりも自分が好きなことをしたい。 という欲求があまりにも押し込まれすぎていたんだろうなと思います。

これも本当は、自分で押し込んでいただけです。

同じようにやらされててダルいけど、自分のやりたいこともやって上手く楽しんでる子もたくさんいました。

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中学校へ進学しても、また同じスタンスで通っていたから同じことが起こりました。

やらされるんダルい。けど勉強はせなアカンから、自分で考え自分で選択できる部活は後回し。帰宅部を選択して勉強に専念しました。

スポーツが大好きで中学校の唯一の楽しみが部活だったのにまた、押し込まれました。

 

もうおわかりかと思いますが、これも自分でそう思い込んでいるのです。

これを学校のシステムのせいで周りの人のせいでと言う人がいても構いませんが、僕は、自分しだいでいくらでも変えられると思っています。

 

勉強ができるから・できないから。目に見える問題があるから・ないから。

これを一般論で語るのではなく自分はどうしたいのかという視点で考えるようになってから、かなり楽になりましたよ。

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そんな感じで不満を言葉にできず撒き散らしていた状態をよくないと思った母が色々調べて発見し、サドベリーに出会いました。

そこで色んな話を聞いて、今までの考えていたことは全て自分が作り上げていたものだと思い知らされました。ガッチガチに縛られていた感じが一気になくなり脆くも崩れ去っていきました。

 

大人が何も指図してくれないと逆に不安です。みんなは公立校行ってるけど自分だけサドベリーでいいのか?とも思います。

勉強しなくていいのか?…様々なことを自分に問い続け…

 

自分で考えながら、自分の人生を作り続けていく。

 

これが、僕がサドベリーを選び、通い続けたワケです。

 

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ちなみに、東大を出てサドベリースクールを立ち上げた人なんかもいて、「東大を出た僕がサドベリーを選んだワケ」という書籍もあるのでよかったら調べてみてください。

 

別にパクったとかじゃないです。たまたま、たまたま思い浮かんだんです。