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サドベリースクールの卒業生たちは今

サドベリーを出た人たちの今を記事にしたり、自分を生きるとはどういうことなのか、日々考えながら書いてます。

自由って何かフワッとしている。コワイ。

Event~活動報告~

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昨日、大阪の東淀川にあるコミュニティ・スペース《co-arc》でイベントを行いました。

ホーム - 大阪・東淀川のコミュニティスペース「co-arc」

 

イベントといっても、サドベリースクールOBの俺とよねすけがその場にいますということ以外は何も内容を決めず、まさに自由です。

サドベリースクールOBによるクレイジーな夜会 of the year | Facebook

↑イベントページです。この掴みどころのなさにも関わらず子どもから大人まで、主催サイドを除いて9人の方が来てくれました。

 

よねすけが日本一周で使っている携帯コンロとコッヘルで鍋をしたり、お菓子を食べたりお茶を飲んだりお酒を飲んだりしながら、しゃべりたい人はしゃべったり、遊びたい人はボードゲームをしたり。

 

イベントを主催して人を呼んでおきながらコンテンツを何も用意していないというのは中々新鮮で、来てくれた人にまず、「何で来たんですか?」と聞いてみました。

 

「何も決められていないからこそ、自由におしゃべりができると思って来ました。」

と仰っていた方もいて、確かに、面白いなと思ったんですけど、一方で自由で何かフワッとしていてコワイなとも思いました。

誰かが会を仕切ってくれて誘導してくれた方が楽なのかもしれない。これは、俺がサドベリーに通い始めた12歳当時の感覚でもあります。

 

サドベリーは全ての活動を自分で決めていくことができる。でも、自分で決めてやらないと何も起こらない。何かすごいことを達成しても何も起こらなくても、評価されない。それが、自由。この感覚が好きで俺はサドベリーを選んだんだと思います。

 

12歳までは地元の小学校に通い、先生の言うことに従ってさえいればいいんだと勘違いしていた俺はサドベリーに入学してすぐには、何をしたらいいのかがサッパリわかりませんでした。自分の人生の決定権を誰かに委ねていたからです。

 

喩え話で、退屈のプールに浸かる、という言葉が使われることもあります。自分が何をしたらいいのかわからなくなることで、何をしようか考えることができるというものです。

 

子どもも大人もどれだけ忙しくても自由な時間が、全て自分の意思で決めて過ごす時間が必要なんです。

それと、イベントやってみて意外に人が来てくれて楽しかったので、またやりたいなと思いました。