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サドベリースクールの卒業生たちは今

サドベリーを出た人たちの今を記事にしたり、自分を生きるとはどういうことなのか、日々考えながら書いてます。

まだ、「学校のせい」にして、消耗してるの?大人も子どもも、もっと自分を生きよう!!!

 

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プールが苦手でした。

小学校のプールの授業が苦手でした。俺は陸上と同じように鼻で呼吸をしようとし、目をまんまるくかっ開いたまま水に入っていたので、色々なところが痛く、非常に苦しかったからです。

本当は水で遊ぶのは楽しいはずなのに、嫌々プールに入れさせられていると思っていました。

 

走るのが苦手でした。

短距離走では、足をつま先からかかとまで、ベタっと地面に付けて上体を完全に起こして走っていたので、非常に走るのが遅く、全然楽しくありませんでした。

長距離走では、スタートと同時にほぼ全力で(上記の走り方で)走っていたので、いつも途中で息切れして、ゼェゼェハァハァ死にかけながら走っていました。

運動は大好きだったのに、どちらもやりたくないのにやらされていると思っていました。

 

これって学校のせいなの?

二つ例を挙げましたが、いかがでしょうか。

プールでゴーグルを付けるなり、鼻から水が入って苦しいと誰かに訴えるなり、足の速い友達に走り方を聞いてみるなり、今は上手くいかなくてもいいんだと割り切るなり、やらされていると思う前にできることはたくさんあるはずです。

 

先生の目が生徒の心までは行き届きにくい、周りの誰かに訴えることができにくい、みんなと同じことができない方がおかしいという空気がある。もちろんそんな環境・システムの影響は多大で、自分は一切悪くないんだと、全てを人のせいにすることもできます。

 

俺が上記の他にも色々学校のせい人のせいにしてきたことを振り返ってみると、自分で決められる範疇って実は思ってたよりも遥かに多いんです。

自分で決めたんだと思えていれば、やらされているとは思わないし、プールの件も陸上の件も失敗しちゃったな。さぁ次はどうしよう?と受け入れられたと思います。

 

今起こった出来事を誰かのせいにせず自分で決めていく。

過去を振り返り、誰かのせいでは無く自分が決めたことなんだと受け容れる。

これは、大人でも小さな子どもであってもできることです。

 

もっと自分を生きようぜ!!!

ほとんどの人が自分らしく生きたいと思っていますよね。でも、今いる環境を変えるなんてそう容易じゃないのかもしれません。本当にそうですか?ちゃんと知りもしないでブレーキ踏みっぱなしなんてことはありませんか?

 

未だ知らない職種はたくさんあるしもっと新しい仕事も増えていきます。田舎に魅力を感じて移住する人も増えていて、住むところや暮らし・ライフスタイルを見直すこともできます。ちなみに、学校も、選べます!!

俺は中学校1年から高校3年の年までは所謂普通の学校へは行かず、サドベリースクールという学校に通いました。

 

小中学校に高校、大学、サドベリースクールやオルタナティブスクールにフリースクール等、子どもが通う場全般に言えますが、誰も行くことを強制なんてしてません。

学校とは、本来行かなければならない場所ではなく、行きたい人が行くことができる場所なんですよ!!

 

 

もし環境を選ぶことは難しい状況であっても、何を食べ、どう過ごすということから、会話の一つ一つに至るまで、自分の人生を歩んでいるのは自分ですから、一歩一歩自分と向き合って決めていいんです。

 

一度きりの人生の二度とは来ない貴重な一歩を、

自分で決めるのか、誰かに決めてもらうのか。

どちらにするかを、まずは自分で決めてみませんか?