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サドベリースクールの卒業生たちは今

サドベリーを出た人たちの今を記事にしたり、自分を生きるとはどういうことなのか、日々考えながら書いてます。

申し訳ないが、確信していること。

Sociaty~社会に思うこと~ Mylife~趣味:自分と向き合う~


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ありがとうございます 

僕はこの時代に生まれてきて、大多数が通るルートである所謂普通の学校には通いませんでした。
 
俯瞰して見れば、合わない子は無理して行かなくてよい。自分に合った場を自分で選んでよい。そう言えます。
 
されど普通の学校にも歴史があり、先人たちの語り尽くせぬほどの想像もし得ない善しか悪しか様々な想いや苦労があって、今の教育があり、現在も続いています。
 
その中には、これから生まれてくる子どものためを一心に想い考えに考えて、これが理想だと掲げて用意された道もあったと思います。確かにその息吹を感じております。
 
ここに先人たちへの純粋なる敬意を表し
この場を借りて御礼申し上げます。 
 
 

しかしそれが、僕には合わなかった

なんでみんなと一緒じゃダメなんだ?
楽しいことだってあるだろ?
大人たちがこんなに君のことを思ってだな...
 

 

そんなこと、建前だけで言ってる人もたくさんいます。でも、本気で取り組んでる人も数多くいます!!
 
何%が本当で、何%が嘘かって?それが分かって何になりましょうや。大きすぎる分母の中で、辛い思いをする人は多く、本気に巡り会えない人も出てきます。
 
だからって、全てを拒んでしまうのは、間違ってる。そんなの何様にだって言えることじゃない。
 
相手がおかしいんじゃない。自分もおかしくない。そこに相性っていうものがあるだけなんです。
 
 

申し訳ないけど、確信している

さて、そんなこんなで、子どもと関わる現場で本気で自分と向き合い、今できることを精一杯取り組んでいる人が僕は大好きなんですが、その想いに小中学校において応えられなかったことは、合う合わないの一言では終わらせたくありません。
 
本当にすいませんでしたと言いたいです。
 
それは申し訳ないけれど、僕はサドベリーが必要だと確信しています。それはそれ、これはこれというやつです。
 
子どもが自分で学び方を選ぶということが
必要だと確信しています。
 
大人が自分で生き方を決めるということが
必要だと確信しています。
 
自分の信じる道を作っていきます。
 
 

互いにゴールは同じ

違うことをやっているように見えても、ゴールは同じなんだと共有するのは良いことだと思います。
 
子どもが日々元気に楽しく過ごせるように。
 
みんなが素敵な夢を語れるような社会。
 

そんな風にそれぞれの理想を掲げながら、今日もニカーっと笑って生きていこうじゃねぇか!

 

PS:GTOに再ハマりして、かなり影響を受けてます。エロいこと言い出しても気にしないでくださいね。