サドベリースクールの卒業生たちは今

サドベリーを出た人たちの今を記事にしたり、自分を生きるとはどういうことなのか、日々考えながら書いてます。

学校では教えてくれない…で、どうするの?


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サドベリーは生徒数が少ないから野球ができない…    で、どうするの?

 
こんにちは。野球大好きスーザン(@HunterSussan)です。

僕はサドベリーに入ってから、色んな遊びやスポーツをやりまくり、野球にどんどんのめり込んでいきました。
 
キャッチボールやノック、素振り。練習をしているというより、ただそれだけでもう楽しかったんですが。しだいにチームで試合がしたくなりました。
 
当時サドベリーの生徒が10人程度しかいなかったので、9対9の試合は到底できません。

サドベリーは生徒が少ないからできることが限られるんだ。そんな思い込みで諦めてもいいんです。また機会があるかもしれないし。

諦めるなら、僕の野球への想いはただそれまでってこと。
 
 

サドベリー(学校)だけでやろうとしなくてもいい。

たとえば、サドベリーの生徒が200人いたとします。その中で野球がしたい子が18人いるでしょうか?
 
ちなみに、僕がやりたかった野球は…軟式。
集まるのはグラウンドを借りて週1回程度。
練習も試合もしたい。
誰かコーチがメニューを決めるんじゃなくて
みんな対等に話し合ってやり方を決めていく。
ビシバシしごかれるような練習はイヤだけど
自分が楽しめる範囲で全力で真剣に上手くなりたい。
 
これ…一緒にやりたいと思いますか?笑
野球が真剣に好きなだけに、こだわりが強いんです。見方によっては、わがままとも言えます。

やりたいことを叶えるためには、じぶんに妥協しないこだわりや、わがままであるということも大事なんです。

スタッフともたくさん相談して、じゃあ生徒が1000人いたらできるのか?そんな屁理屈とか、そもそも可能か不可能かって自分が決めることだし。

自分が今所属しているサドベリー(学校)だけで全ての活動を行う必要がないということに気づきました。
 
それと共にサドベリーは人数が少ないからって理由でやれることが限られるって決めつけてたのは自分だったなと思いました。

それから僕は、知り合いに紹介をお願いしたり、関西圏の多様な学校やフリースクールに声をかけて何とか人を集め、その後もずっと野球の活動を続けることができました。
 
そもそも一つの学校で全ての人のニーズに応じたものを用意するということに無理があります。
 
もし、全てを用意されていると思ったとしても教わるのは自分。学ぶのは自分です。
 
サドベリー(学校)では教えてくれなかった。と嘆く事よりも、自分がやりたいことや足りないと思うものを学ぶためにどうするべきかを考えることが第一なんです。
 
 

レールに乗っても進むのは自分。

誰かが用意してくれたレールの上を進むのも一つの生き方です。
 
でも、誰かと同じレールを進んだから、その人と同じ人間になるということはあり得ません。レールの上を進むのは他にかけがえもない、自分です。
 
自分が運転してる電車が、レールに乗っているだけで全然進んでいないじゃないか!と文句を言う人はいないですよね?動かそうとしてないのに進むわけがないです。

無いものを見れば、何もかもが足りなくなります。環境を変えようと、不足感は消えないでしょう。それよりも、自分が何をしたいのか、そのために必要なこと、できることを考えたらいいんです。

自分を見てたらいいんです。おしまい。