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サドベリースクールの卒業生たちは今

サドベリーを出た人たちの今を記事にしたり、自分を生きるとはどういうことなのか、日々考えながら書いてます。

自分と向き合うのって、底無し沼に飛び込んでくみたいなもんだ。

Sociaty~社会に思うこと~ Mylife~趣味:自分と向き合う~
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全ては自分です。

 
自分と向き合いたいだなんて、始めから思える人がいるでしょうか。
 
僕たちは日々、働いたり、勉強したり、ご飯を食べたり、遊んだり、暇なときもあったり、当たり前のようで、二度とは来ない日常を過ごしています。
同じことをしていても微妙に違うところに触れていたり、新しい感情が芽生えたりもします。楽しいことや悲しいことがたくさん起こります。
 
自分と向き合うことができずに日常が過ぎ、ふと立ち止まって自分を見てみると、まるで底無し沼を見ているような感覚になることがあります。
 

 

無意識のうちに感じているものや、とっさに隠して仕舞いこんだもの、ずっと前から日の目を見ぬよう押し込んでいたもの…
具体的に細かく言えば、メールの返信が間に合っていなかったり、掃除ができていなかったり払い込みができてないみたく溜まってる作業や、日常会話の一つ一つにモヤっとすることだってありますよね。要するに、気になっているのにわからないままだったり、片付けれられていないもの。

言葉には表せないあらゆる感情で色は濁り、溜まっています。底が見えないほどに。 
できれば目を背けたくなるかもしれませんが、これらは全て自分です。この沼が無ければ、自分は存在すらしていません。
 
 

泳いでまわる。

 
自分を知ろうとしない時間が増えれば増えるほど、沼に嵌まっていって動きがどんどん鈍くなる気がします。
 
自分の今の状態を見て、何がどうモヤっとしてるのか分かっていくことで、すぐに解消はできなくても改善はできるはずです。
 
知れば知るほどに解決できる部分とその方法が浮かんできます。
 
一つ一つのモヤっとから目を背けずに向き合うクセを付けていくことで、だんだんスムーズに過ごせるようになってくると思います。
 
沼から離れられないのであればいっそ、優雅に泳いでまわってしまえ。
 
非常に抽象的な記事になりましたが、自分と向き合うことで人生が加速することは間違いない、と思っております。