サドベリースクールの卒業生たちは今

サドベリーを出た人たちの今を記事にしたり、自分を生きるとはどういうことなのか、日々考えながら書いてます。

子どもに何かしてあげたい方へ。


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こんにちは!スーザンです。

今日は雪です。寒いです。体は寒さに強いんですが、精神的に超絶苦手です。
 
 
 

子どもに何かしてあげたい...

教育に携わる人たちは少なからずこういう意図をもっていると思います。この真意はどこにあるのでしょうか?
 
みんな様々な想いをもって携わってるのは分かるんですが、子どものために!うおー!と思考を練り巡らせて、それが果たして届いているのだろうか、と思うことがあります。僕自身もそうです。
 
理想の教育を考えたりするのはすごく良いと思いますけど、教育や何らかの意図は、受けとる側が望んでいないと真価を発揮できないんです。そこが抜け落ちている理論は、机上の空論のように感じてしまうことがあります。
 
これから生まれてくる子どもたち全員にコレが必ず必要だ!と言いきれるものはない、と思っています。
 
 

 

何一つ用意しなくていいです。

これは僕がサドベリー生徒時代の話ですが、、、
 
前述のように、大人たちが子どものためを思い、あらゆる事態を想定して多種多様な準備をしておくのも良いのではないかと話していたときがありました。
 
それを、聞いた僕は、「全て僕が判断して活動していくので、何も用意しなくていいです。」と言いました。
反対するなら意見を出せよって感じもしますが、とにかくこのときは、必要が無いんだということを強調したかったんだと思います。
 
 

子どもは大人の意図を汲み取ってくれる存在。

サドベリーなんかは特に、全ての活動を子ども主体でやっていくので、大人が何か用意するってことが無いんですけど、このようにいくら大人が良いと思ってても、響かなければ水の泡となってしまうこともあるのです。
 
それでも、子どもにとって何が良いのかを考え続けることは人類の発展には必要不可欠であり、それに本気で悩める人は偉大だと思います。
 
ただ一つだけ、頭の隅っこにでも置いておいてほしいのは、子どもは大人の意図を汲み取ってくれる存在でもあるので、用意してあげた、良い体験をさせてあげられたからと思い上がることの無いように、常に目の前の子どもにとってのbetterを追求し続けましょう!
 
終わります!