サドベリースクールの卒業生たちは今

サドベリーを出た人たちの今を記事にしたり、自分を生きるとはどういうことなのか、日々考えながら書いてます。

「サドベリースクールはフリースクールではないですよ」とあえて言う理由。

 

 

こんにちは。スーザン@8月22日外房 (@HunterSussan) です。

 

サドベリースクールは、フリースクールではない。

僕がサドベリーの説明をさせてもらうときに、あえてこういう言い方をするには理由があります。というお話です。

 

サドベリースクール、フリースクールオルタナティブスクール、デモクラティックスクールとか色々あるけど、、、どれが何なんだよ!と思われている方もいるかもしれないので、簡単に説明しておきます。

 

 

  • フリースクールとは、自由な学校。他にも多くの意味合いがあります。
  • オルタナティブスクールとは、代替学校。理念というよりは、社会的な括り。
  • デモクラティックスクールとは、民主的な学校。子どもが主体的に学ぶ。
  • サドベリースクールとは、アメリカボストン発祥の理念で運営される学校。

 

一言で言えばこんな感じでしょうか。

世界規模の大きな意味合いとしては、サドベリーはフリースクールと言っても間違いではないと思います。場所によって自由の意味合いも違ってきますが、自由な学校ではありますから。

 

日本におけるフリースクールの捉えられ方。

みなさんはフリースクールにどのようなイメージをお持ちですか?

日本においては、不登校支援とか、「学校(公立校)へ行けない」子どもが行くところとか、というイメージが強いと思います。ですが、実際にフリースクールと名の付いていても、場所によって千差万別です。イメージ通り、不登校の支援を目的としてできれば公立校に、学校に戻そうとしているところもあれば、公立校へ戻るという目的はなく、フリースクールでそのまま学んでいく、ここが自分たちの学校なんだとしているスクールもあります。聞いた話ですが、公立校に合わない子が行く適応指導教室のことをフリースクールと呼んでいる方もおられるとか。もう意味がわからなくなってきます。

 

だから一言でフリースクールといっても、それぞれの立場や考え方によって、捉えられ方が様々すぎて、サドベリーをフリースクールと言ってしまうと、学校に行けない子が行くところなんだとか、そもそも公立校に行けることがベストだとか、不必要な誤解を生みやすいのです。

これも言っておきたいのだけど、不登校の支援でもどんなフリースクールでも、子どもの権利が守られていて、子どもにとって安心して過ごせる場であれば、多様な学び場を営む仲間としては是非とも発展していってもらいたいし、互いに刺激を与え合うような関係でありたいです。

 

学校を選んでいるという価値観。

サドベリーに入学する子の中には、小学校の入学前から多様な教育の場を検討してサドベリーを選ぶ子もいれば、公立校に合わなくなってからサドベリーを知って入学してくる子もいます。

確かに、最初は自分は公立校に行けないダメなやつんだ、、、と思い込んだりもするかもしれませんが、その後もサドベリーでやっていくためには、本来は公立校に行けるのが良いではなく、サドベリーが今の自分にとって一番良いと思えていないと、サドベリーの良さを最大限に活かすことはできなくなってしまうと思います。学校に行けないからサドベリーに通うのではなく、サドベリースクールという学校を本人が選択して通っているという状態です。

 

決して僕は公立校の非難をしたいわけではないのですが、今の社会やこれからのもっと多様化していく社会に出ていく全ての子どもたちに、同じ教育システムを受けさせることが最善であることは有り得ないと考えています。より多くの子どもが自分の学ぶ環境を選べる状態がいいと言いたいのです。

これは今後何十年に渡って何万回でも言い続けますが、「学校に行けない」のじゃなくて、「公立校には行かない」という本人による人生の選択なのです。

 

 

おしまい。