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サドベリースクールの卒業生たちは今

サドベリーを出た人たちの今を記事にしたり、自分を生きるとはどういうことなのか、日々考えながら書いてます。

本音を出せていないと、自分が腐っていく気がする。

Human~人間関係~ Mylife~趣味:自分と向き合う~

こんにちは。

本音を出さないと腐ってしまう病のスーザン(@HunterSussan) です。

 

 

地元を離れ、一人で孤独に苛まれまくりながら過ごしていた横浜時代の経験から、思うことがあります。

 

人は、本音を出さねばならぬ生き物である。

横浜時代は、仕事は忙しく、夜遅く帰ってすぐに寝て、早朝に出勤という生活を繰り返していました。近くに友達もいなければ、職場の人も忙しすぎて対話の時間は取れていませんでした。仕事に余裕があり、実家に住まわせていただき、近くに最高の友達もいた関西時代に比べて、本音を出す機会が圧倒的に減っていました。

 

そんなときに関西から友達が遊びに来てくれたり、関東のチャラい友達と会ったり、ちょっと電話するだけでも、非常に癒されたりもしたのですが。

 

仕事や家事等の日常生活や、休日の遊び・レジャー、何もしないで過ごす時間、人生には様々な時間の送り方があるかと思います。その中で、楽しかったり哀しかったり、嬉しかったり腹が立ったり、色んなことがあります。

あまりにも忙しくしすぎていると、感じられなくなっていくと思います。そして出さねば出さぬほど、疑心暗鬼になったり自分がわからなくなって、感情がわからない・本音を出せない状態になってしまいます。

何があっても、そのまんまに感じることや思うことは自然です。否定したり感じなくする方が不自然だし、ときには外へ出すということが必要なんです。感性を持った人間なんですから。

 

人生の送り方は選べる。

今も地元関西を離れ、20代の人間が絶滅危惧種と化している山の上(標高1000メートルほど)に住んでいますが、横浜時代の何がよくなかったのかなと振り返ると、やはり、音を出す機会を作れていなかったこと。に尽きます。

上記のように、外部的な要因も多かったんですけど、その機会は自分で作らなければ得られないものであって、忙しいとか、疲れたとか、言い訳をしているうちに、本音を出すことが面倒くさくなったり、怖くなったりしていたんです。

 

外部からの要因に負けず、怖がらず、自分の心に正直に、人生を送っていこう。

 

おわりに。

ということで、本音を出さないと腐ってしまう病にかからないためにも、これからもみなさんと、本音で付き合っていきたいと思いますので、よろしくお願いします!

うわべの付き合いも、それはそれで楽しめばいいんじゃね?

が今の僕の課題でもありますが。笑