サドベリースクールの卒業生たちは今

サドベリーを出た人たちの今を記事にしたり、自分を生きるとはどういうことなのか、日々考えながら書いてます。

今の社会は、死なないためにかけてる保険のために死にかけてるような感じがする。

 
こんにちは。スーザン(@HunterSussan) | Twitterです。
 
教育に携わるということは、社会を作っていくことに直接繋がります。というか、社会は人だから、生きてるだけでみんなが社会そのもの。僕はそんな社会へ学校づくりでアプローチしているのですが、今回は社会に思うことを書いてみます。
 

社会は急加速し続ける。

みなさんは、今の社会、生きやすいですか?それとも生きにくいですか?
 
多様な価値観があっという間に現れては消え、社会は誰にも止められないスピードで変化し続けています。
この急加速は、社会のインフラがある程度整ってきたからこそ、動いているものだと思います。
 
子どもが学校へ通えるようになり、女性が働けるようになり、コンビニや自販機がいつでも使えて、どこからでもインターネットができます。そのおかげで、僕もブログを書けています。
 
みんなが同じように、最低限豊かに暮らすことができる権利を保証するために、みんなが死なないために、整えてきた。言わば死なないための保険です。
 

みんなが同じことをできるようにする時代は終わった。

整えることが第一目的ではなく、みんなが豊かな暮らしを送り、みんなが平等に権利を有することが目的のはずです。それが今は、ほぼクリアされていると思います。先人たちのおかげで、みんなが権利を有しています。

未だままならないのは子どもの権利くらいでしょう。住むところの自由。結婚相手を選ぶ自由。職業選択の自由学校選択の自由もより明確にここに加えようと、僕らは活動しています。

 

さて、ここからが、本題です。

 

 

昔は、みんなが人生を選択出来る状態に無かったため、みんなが同じように生きられる土壌が必要で、自分を律するためには何かの指標に頼らざるを得ない状態だったのですが、そもそもそれは、誰かと同じように生きなければいけないというわけではありませんよね。

今は、どうでしょう。選択の自由があります。社会の保証もあります。でも、それを維持しようとし過ぎて、死なないためにかけてる保険のために、死にかけているような感じがします。というか、実際に死んでいく人もいるのが現状です。

都会はよく電車が止まりますよね。駅や電車で倒れてる人もたくさんいました。僕も横浜で働いていた時代は身の毛もよだつ思いをしながらも、自分は仕事にいかねばならぬという思い込みで、助けることができませんでした。

自分たちのために作り上げてきたインフラに、逆に苦しめられてしまっているのです。では、意識を変えましょう。システム変えましょう。もうみんなが同じ方向を向いている必要がないんです。他人に合わせる必要がないんです。

 

おわりに。

よく、他人に合わせなくていいと言うと、よし!既存の価値観をとっぱらってアウトローに生きよう!みたいな人がいますが、アウトローと言っている時点で既存の価値観が前提になっているんですよね。他人に抗うことで自分を律しているとも言えます。

これからは、既存の価値観に囚われて生きるのも、新しい価値観を選択するのも、自分で価値観作るのも、どれも等しく混在していて、どうするかは自分で考えればいいというただそれだけなんです。

何が偉い偉くないじゃない、それぞれの選択を尊重し、自分と違う価値観に対抗するのではなく、リスペクトしながら評価基準をみんなが自分で持つことができる。そんな時代になっていけばいいなと思います。

おわり。