サドベリースクールの卒業生たちは今

サドベリーを出た人たちの今を記事にしたり、自分を生きるとはどういうことなのか、日々考えながら書いてます。

不登校の対応に必要なのは、支援でも解決でもない。理解と尊重である。

こんにちは。スーザン(@HunterSussan) | Twitterです。

 

僕は中1の5月から中学校へは行かず、サドベリースクールに入学してそれから6年間通いました。サドベリー(デモクラティック)スクールに通う子たちは、今では公立校でも登校扱いになり、不登校としてはカウントされない場合が多いです。

 

これは、公立校外の場で学ぶ子も認めてあげたいから、登校扱いにしましょ~ねと、可哀想な子を認めてあげてる私偉いと思いたい人や(これはまだいい)、不登校の数が担任の先生や校長の評価に繋がるので、数を減らしたいというケースが増えています。

1人の子どもが学校を選んだだけなの担任の先生が損をしたりするのは、家庭としてもサドベリースクールとしても本意ではないので、必要に応じた連携は全然しますし勝手に登校扱いにしてくれればいいです。

でも、サドベリーに通えてる子はいいけど、学校に行けないことで苦しんでいたり、悩んでいる子にとって、公立校側の都合でとにかく不登校数を減らそうとされるのは辛いと思います。病欠扱い(なら不登校数にはならない)にするために通院させて医師の診断を出させようとするケースもあるそうです。

 

僕は直接公教育の現場に入ったことはないし、聞いただけの話ではありますが、本当に無駄なシステムが多すぎます。先生の仕事が増えるばかりです。本来の目的は何なんでしょう。子どもが学びたいことを学べるようにする。それだけなはずなのに。

 

まぁ、僕の時代はまだそういうことはなかったので(後で聞いたら、僕の学年は3年間暴力にまみれていたそう。不登校対応してる暇も余裕も無かったんです。マジで行かなくてよかったわと思いました。)、法律上は中学校の3年間、不登校ということになります。僕の中では、自分が通いたい学校に転校したけれど、その学校は法律がまだ追いついてきてない学校だった。不登校という意識ではないです。

これらは基本的に、事務的な話なので、親が必要以上に気にしなければいいだけです。子どもはあまり気にしてません。てか、不登校としてカウントされることを最初から気にして生まれてくる子なんていません。周りの大人が気にしていることを気にしているだけな気がします。成長にもそんなに関わりません。どうでもいいことです。

 

支援や解決自体がもう必要じゃない。

不登校=かわいそう、劣っている。という考え自体が、はっきり言いますと、50年~60年くらい古いです。昔は皆が同じスタートラインに立てる状態を目指していたと思いますが、今は全員が同じである必要が無い時代で、皆と同じがゴールだ、言われたことだけやってればいいと思ってる人は、前時代に甘えているだけなのではないかと思います

公立校に行きたくて仕方がないけど、何らかの理由があって行けていない子は、何とか支援して解決する必要があります。それは当たり前です。行きたいんだから。学びたいんだから。

でも、行きたくない子を無理やり行かせようとすることが支援でしょうか?本当の気持ちを押し殺してまで皆と同じことをすることが解決でしょうか?

 

実は、子ども一人ひとりが選んでいいようになれば全て解決するんじゃないか。

本当の意味で解決することがあるとしたら、こう思えたときなんじゃないかと思います。ちなみに、今も全然選んでいいんですけど。選べないと思っている人は勉強不足であり、自分の限界を見ることができてないんです。それが子どもの限界を狭めることに繋がっちゃいますよ。もったいない。

 

もう、国がこう言っちゃえばいいんだと思います。

 

全ての国民が公教育を学べる機会を設けました。

通うかどうかは自分で責任を持って選んでください。

 

と。

無責任だと思うでしょうか。僕は、未来の国を作る子どもの可能性を大人が早々に決めてしまったり、狭めてしまうことの方が無責任だと思います。

こう国が言ったとしても、大半は公教育を選択すると思います。だって、家から近いし、友達多いし、行けばとりあえず勉強させてくれるし。少なからず皆なりに考えて、行くことがゴールではなくなります。公教育の価値を再確認するいい機会にもなるでしょう。

 

おわりに。 

僕は“法律上の学校”に行っていないという点で、行けなくて辛かった経験談を話してほしいというようなことがよくありますが、行かなかったこと、みんなと違うこと、を、≒ネガティブとは捉えていないので、ネガティブでどうにかしてほしい人には寄り添えないし、僕が不登校経験を語りますって言っちゃうのは逆に失礼だと思っています。

単純に、行きたいところに行って、やりたいことをやってて、楽しかった。人生の選択は自分の楽しいことから始まることを学んだ。っていうだけなので。人と違うことをしているという点では、むしろ興奮しているくらいです。笑

 

不登校の意識自体を変えたい。学校を選択するとはどういうことなのか。」

 

こんな話なら喜んでしますので、ぜひぜひ呼んでもらえたら嬉しいです。

 

おわり。