サドベリースクールの卒業生たちは今

サドベリーを出た人たちの今を記事にしたり、自分を生きるとはどういうことなのか、日々考えながら書いてます。

「不登校」はもう死語にしませんか。

 

こんにちは。スーザン (@HunterSussan)です。

 

不登校」という言葉について、色々な定義や捉え方があったりしますが、僕は「登校選択」だと考えるので、不登校が良いか悪いかで言うと、どっちでもいいと思っています。

 

よく、「不登校はマイナスじゃないんだよ!」みたいなこと言う人がいて、そのたんびに僕はマイナスじゃないって言う時点で暗にマイナスであることを認めてるやんと思うし、そもそも不登校って学校ありきの価値観なので、マイナスかプラスかがどっちでも良くなることが、本当の自由になるということなんじゃないかと思っています。

 

僕はどっちでもいいから「不登校」という言葉を口にすることは全然いいんですけど、マイナスイメージが強い人が語ると、「学校に行けない=劣った人」というベクトルになってしまう。

 

だから、不登校でもマイナスじゃない!大丈夫なんだ!って思うことが大事なんじゃなくて、不登校っていうのは学校に通う前提があって語られる言葉であること、学校に通う前提で考える人もいるけどそれは一つの価値観(好み)にすぎないということを思えたら、「不登校」という日本にしかない言葉に縛られることがないのではないでしょうか。

 

学校へ行く・行かない。ということが好みの服を選ぶかのごとく。

 

どの学校へ行こうか?ということが、野球選手になるかサッカー選手になるかのごとく。

 

全ての人が生きているだけで大丈夫と思えるように。