サドベリースクールの卒業生たちは今

サドベリーを出た人たちの今を記事にしたり、自分を生きるとはどういうことなのか、日々考えながら書いてます。

親は子どもにとって、幸せの灯台みたいなものだ。

 

こんにちは。

スーザンです。 

 

日本全国サドベリーツアー

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の折り返しに、実家で一休みしています。母とカフェを巡ったり、弟とつけめん食ったり。

 

話は変わりますが、先日、祖父母の金婚式に行ってきました。その席で僕の両親が今年は銀婚式の年であることが判明し、急きょ同時にとり行われました。幸せ満杯の一日でした。

 

親との関係について、思春期は特に色んなゴタゴタもあって、サドベリー行きながら悩みまくっていたんですが、ここ最近、あえて父と母に何で結婚したの?とか、何て言って付き合ったの?とか、色々なことを聞いて自分の生まれた意味を実感し、自分がどのようにしてこの世に生まれたのか、を考えるピースが揃ってきた感じがしています。

 

僕は親から、学校に(サドベリーに)行きなさい、と言われたことがありません。というか、これを必ずしなければならない、これは絶対にしてはならない、と言われた記憶がありません。もっと言うと、指事語や命令形で何かを言われたり、強制(体を引っ張るとか)されたこともあまりない気がします。たぶん、あらゆる可能性を否定されずに育っています。

 

逆に言えば、何も言わずにされずに育っているとも思います。親に育てられた、という感覚はありません。「家庭」という大きな陸地の上で、自分で自分の好きなことをしてきた。という感覚です。親はそこにただ、「灯台」として、存在していた。僕に対してはほとんど何もしていません。灯台は、真下をあまり照らしませんよね。

 

でも、陸地にある様々なものの恩恵により成長していることは間違いないので、大局的には完全に親のおかげで生まれて、ここまで育つことができています。

 

灯台」である親は、何をするわけでもないんですけど、ちょっと遠くへ行ったときは、光を辿って帰ることができて、海へ出てから暗雲や嵐が巻き起ころうとも、決して追ってきたりはせず、“ここに大陸があるぞ”と、その場でぐるぐる廻ったり点滅したりしながら、光を放っています。僕はどこにいるときでも、それを知っています。

 

親が幸せでいる。そこに戻ればいつもいつでも幸せがあると思える。子どもにとって本当に必要なただ一つのことは、それなんだろう。

 

灯台もと暗し』っていう言葉の、もう一つの訳が分かった気がします。

 

おわり。