サドベリースクールの卒業生たちは今

サドベリーを出た人たちの今を記事にしたり、自分を生きるとはどういうことなのか、日々考えながら書いてます。

「幼少期」~ほとんどのわがままを受け入れられて育った話~

こんにちは。スーザン (@HunterSussan) です。

ふと連載企画をしてみたくなったので、僕のほぼ四半世紀になる人生を振り返って、記事を書いてみます。

少し長くなるんですが、こんな育ち方をする人もいるんだということで、読んでくれたら嬉しいです。

 

「幼少期」
~ほとんどのわがままを受け入れられて育った話~

故郷を離れて働いていた両親が千葉県で出会い、初めての子どもとして僕が生まれますが、この頃の両親は非常に仲睦まじく、どんなロマンチックな映画の主人公よりも私達の方が幸せだ。と本気で思っていたそうです。

幸せの絶頂で生まれた僕は、専業主婦の母にずーーーーっと抱っこされて育ちました。覚えてるんじゃなくて聞いた話ですよ。少しでも離れて泣いたらすぐに抱っこしていたそうです。僕はそこから絶大な安心感を得ていたのではないか、この深い愛情が人生の基盤となっているのではないか、と推測してますが、これをやさしさだと捉えるか、甘やかしすぎだと捉えるか、いろんな見方ができるかもしれませんね。

ちなみに3歳のときに唯一の兄弟である弟が生まれます。兄弟で仲良く遊んだり、山に川に海にと本当によく遊びに連れて行ってもらってました。6歳までは親の繭の中でひたすら楽しく遊んでいたように思います。

 

 

そんな僕が4歳になる頃、母は僕を幼稚園に行かせることを検討していました。「この時はまだ、どこかには行かせた方がいい。と思ってたのよ。」と最近は話してました。しかし、僕は母から離れることはできませんでした。離れればすぐに泣いてまた抱っこ。。。笑

たまたま見つけたのが、週に1回だけ行く幼稚園です。カリキュラムみたいなのはなくて、基本的には自由に遊んでいいけど毎回行くと生活習慣を習い、1週間家で励んでくるというものだけはありました。ここでも最初は泣いたけど、慣れたら楽しく行っていたようです。

 

まとめると、僕は小学校に入るまでのほとんどの時間を母と過ごしていたことになります。専業主婦であったことや、父がそこまで子どもと接しない人だったことも一因ですが、とてつもないほど大きな母性に包み込まれて僕は育っていったのではないでしょうか。

しかもこれは両親共にですが、こんな子になって欲しいっていう感じが全くないんですよね。子どもに期待したり、不安になったりする親もいる中で、子どもへの依存や投影が一切無いのがすごいなぁと思います。僕が存在しているだけで母は幸せなんです。

どんな育ち方をしても、その人はその人らしく育っていけると僕は思っていますが、幸せな母に包まれて育つ。というのは客観的に見ても、人格が形成されていく幼少期にとってとても良い影響を与えてくれている気がしてならないですね。

 

まずは、お母さんが幸せでいること。

そこからすべては始まるんじゃないか。

 

そう思わせてくれる幼少期の振り返りでした。

 

そして僕にとって世界一偉大なのは、若くして僕を産み、独学で玄米菜食、身の回りの生活用品もことごとく天然由来の物を使って育てた母にほかならないなぁとも、改めて思います。