サドベリースクールの卒業生たちは今

サドベリーを出た人たちの今を記事にしたり、自分を生きるとはどういうことなのか、日々考えながら書いてます。

サドベリーを取り入れるのは不可能だと思います。

 
 
サドベリーに関心があるみなさんへ。
 
サドベリースクールを取り入れるのは僕は不可能だと思います。子どもを100%信頼してないとダメだからです。子ども主体の学校で、99%は信頼しています。でもここは大人が決めてます。があったら取り入れたことにはならないと思います。
 
100%かそれ以外しかないと思っています。
 
ただ、誤解しないでほしいのは、ダメなサドベリースクールが存在してはならないとは僕は言ったことはないし誰にも言えないです。ダメなところでも集まる子達が適当に使ってますから、一人ひとりの使い方までは誰にも評価できないんです。
 
それでも僕はしっかりしてないなと思う部分は言った方がいいと思ってるから言います。「思った」時点で自分が関わってるわけだからその責任があります。言わないことも選択できるけど、思ったことや違和感を正直に言うということは人類にとって非常に重要な営みだと思っているからです。
 
何がよいとかではなく単純に「サドベリー」という名前を使わなければいいだけです。
 
たとえば、「自分達の学校の理念は、子ども主体で時間割やテストはありません。日常のルールは子どもも大人も対等な1票を持って決めます。活動の提案をスタッフもします。学校運営は大人が責任を持ってやります。子どもが気持ちよく過ごせるように環境を整えるのは大人です。」とかでいいんじゃないかと思います。名前は自分達が好きなものにしたら楽しいと思います。サドベリーなんてよく知らないものなんかではなく。
 
そもそも、「子ども主体、時間割なし、一方的に評価しない、子どもと大人が対等。」等という理念はなにもサドベリーだけの専売特許ではありません。僕は人類が共通して普遍的に持つことができる精神だと思います。男女が同じ権利を有することができるべきだと思う人が増えているように、大人子どもが同じ権利を持つべきだと思う人は増えていると思います。
 
ようは、取り入れるとか取り入れないとかが要らないのだと思います。既に完成しているところからヒントを得るという行動は、方法論が先行したり強い原理主義に陥りがちです
 
純粋に、そのときにいる人達でいいと思うことをしたらいいと思います。そして、もしサドベリーにしたい・100%を目指したいなら、僕も永遠に学びの途上だと思っているのでぜひご一緒させてもらいたいです。