サドベリースクールの卒業生たちは今

サドベリーを出た人たちの今を記事にしたり、自分を生きるとはどういうことなのか、日々考えながら書いてます。

「デモクラ」と「サドベリー」の違いとは。

こんにちは。スーザン(@HunterSussan) です。

「デモクラティックスクールとサドベリースクールの違いは何ですか?」とよく聞かれることが多いです。僕も日本各地のスクールを訪問したりしながらいつも考えていることですが、まとめてみます。

 

  • サドベリースクールとは…
    アメリカにある「サドベリー・バレー・スクール」の理念をモデルにした学校。「サドベリー」は地名なので特に意味は無い。サドベリーを名乗ることは許可制でもないし、アメリカ本校と何の接点も無いスクールもある。まったく異なる理念で運営されているところもあるので注意が必要。
  • デモクラティックスクールとは…
    「民主主義の学校」の総称。こちらも許可制ではないが、一つの理念を呼称するものでもなく、徹底した民主主義のサドベリーのことをこう呼ぶこともあるし、一部民主的に決めている学校や不登校支援のためのフリースクールなど、広義的に「民主的な部分のある学校」ともいえてしまっている。


一言二言でいうとこんな感じでしょうか。まず先に結論からいきます。

僕の理論としては「デモクラティックスクール」≒「サドベリースクール」です。

 

色んな理由がありますが、僕が通っていた「デモクラティックスクール宙(そら)」の名前を「神戸サドベリースクール(現西宮サドベリースクール)」に変えたときに、スクールが何も変わらなかったから。というのが大きいです。名前が変わろうとも一貫してシンプルに「子どもを100%信頼する学校」であり続けています。

 

ただ、デモクラもサドベリーも名前が広まるにつれて、「亜種」みたいなのが出てきています。「カリキュラム提案型」「ゲームお菓子禁止型」「自分の活動は自分で決めるけど運営は大人がする(子どもが関われない話し合いがある)型」などがあります。この辺は全く民主主義ではないので何故デモクラ・サドベリーを名乗るのかも分からない状態です。

さらに傾向としては、「サドベリーだからスクールミーティングがなくてはならない」とサドベリーバレーの形式だけを捉えた原理主義に陥ったり、「デモクラだからサドベリーそこまで徹底しなくていい」と大人がスクールに甘えるなど、自分達が名乗りたいからこの名前を!というよりも、名前に逆に縛られるような使い方をしてるところもあるように思います。

少し話が逸れますが「大人も子どもも楽しみたい」という大義名分で大人が楽しみたいのであれば、「デモクラティックフィールド」「サドベリーエリア」等のコミュニティを作成したらいいです。それは浮世離れ空間にしかならない気がしますけど。

 

サドベリーの考え方が広まること自体はいいことなのですが、個人的にはやるならちゃんとしてほしいです。

 

僕は、サドベリーは子どもを一人の人として100%信頼する学校で、デモクラは民主主義なので子どもの人権を100%尊重する学校で、どちらも子どものためのスクールとする前提であれば、当然スクールの所有権も子どもにあると考えます。

僕の通ってた「宙」が「神戸サドベリー」に改名した理由は、「広報戦略上サドベリーとした方が名前を売っていけるから」という夢もクソもない理由なのですが、「宙」が気に入ってたから気持ち的には変えたくなかったけど、スクールを続けるためには広報が必要だし、色々な検討を重ねて最終的に僕もそれに賛同しました。

 

まとめると、デモクラにせよサドベリーにせよ、きちんとやっているスクールは名前の通りに子どもが100%信頼・尊重されてて成果も出ているし、まだまだ途上のところや迷走してるところ、理念を無視してるところにはあまり意味の無いただの飾りになっているかな~と思います。

どちらでもいいのですが、これから立ち上げる方などは100%を目指すのであれば、まず、「名前を決めるところからすべて生徒に権利がある状態」であることです。

 

デモクラとは?サドベリーとは?と話したり考えているのはとても楽しいですし、一人で考えているだけのことは外に出してみないとあまり価値がないので、こんな話に興味がある人とはぜひ協力し合いたいです。