サドベリースクールの卒業生たちは今

サドベリーを出た人たちの今を記事にしたり、自分を生きるとはどういうことなのか、日々考えながら書いてます。

生徒が本気でも、スタッフが気付かないとついていけない。

こんにちは。スーザンです。

 

今回は、スクールミーティングについて生徒視点とスタッフ視点を織り交ぜながら書いてみます。

 

僕が生徒の時は「何かやりたいこと、嫌なことがあればスクールミーティングで話し合えば必ず問題解決ができる」という絶対的なスクールへの信頼がありました。ここ重要。スタッフ個人への信頼ではなく、スクール全体への信頼です。

 

スクールは生徒とスタッフで作るものなので、言い換えれば「生徒とスタッフで構成されるスクールに絶対的な信頼があった」ということですが、僕らの時は生徒4人にスタッフ1人とかなので、かなり個人に責任が委ねられてきますね。

 

ここで誰かがミーティングで話したいことがあったりルールを決めたいことがあっても、他の人が話し合う気がないとミーティング自体が成り立たなくなります。

 

スタッフも万能ではないので、出来ないことやイラついてるときもあるのですが、僕が生徒時代に雇っていたスタッフには、全幅の信頼を置いてました。

 

これは「人として」とかではなく「スタッフとして」です。人間としては尊敬できない面も多々あるけれども、スタッフとして自分達のサポートが満足できるものであれば何の問題もありません。個人間の信頼関係も要りません。

 

ミーティングの場が常に開かれていて、そこで言えば何だって決められるよと。そういう意識が僕は常にありました。一人ひとりがスクールを信頼できていればいいのです。自分が学ぶ学校のことを信頼できているって、とてもいいことだと思います。

 

これがサドベリーには必須かと思うのですが、たとえば、理解が浅いスタッフやそもそも喋るのが好きじゃないスタッフ、スクールとは別のことで忙しかったり、疲れてて集中できてないスタッフとかだと、そもそもの話し合いが行えない状態になり得るんじゃないかなと思います。

 

スタッフをちゃんと生徒が選べていれば、生徒側も「こんな(良い・よくない)スタッフを雇ったのは我々だ」という責任を自負してるので問題はないですが、状況も常に移り変わる中でスタッフが即座に反応できないときもあって、それを生徒が察して「あえて言わないでおく」という忖度をしてる可能性もあるなと思っています。まぁ自分さえ好きにできればスクールのことは別にいいやと。

 

それが蔓延すると、「言いたいことを言えない雰囲気」が出来上がってしまったりも、、、すると思います。生徒は前提としてやはり通いたくて来てるので生徒の本気度にスタッフが圧倒されてしまうというか、サドベリーの生徒達と本気で話すのって半端な人にはできなくて、それはもう一つの特技だと思います。

 

生徒やスタッフが言いたいことを言うのも、言えない言わないのも本人の責任、ではあるのですが、僕自身にできることとしては、「まず自分がいい・悪いと思ったことをミーティングに提案すること」と「誰でもいつでもミーティングに出せる環境がいいと思うのでその場を維持しようとすること」を欠かさずにスタッフをやっていきたいなと思います。

  

さいごに、生徒側、スタッフ側と分けること自体が間違いであって、ミーティングさえしっかりしてれば、たとえば話のできないスタッフがミーティングに出なくてもそこで話し合えばいいのですが、存在する役割の違いはあるので、生徒は自分が好きなことやるためにスクールにいるとして、スタッフはなぜスクールにいるのか?というところから自分で考えて誇りを持って仕事してほしいなと思います。

 

そんなスタッフの人達が僕は好きです。そこに追い付き追い越せるよう、僕も頑張ります。